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プロット

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    和玖とのやり取りを、頭の中で何度も何度も再生する。
    妄想じゃなかった。和玖は実存した。いや、霊体の場合、実存すると言ってよいのか分からないが、それでも瑛太の作り出した幻でないことだけは確かだ。
    もうひとつ確かなことは、和玖の言う「好き」が恋愛を意味するということだ。いくら起伏の少ない人生を歩んできた瑛太でも、28年も生きていればそれなりに知識や経験くらい蓄積する。恋愛に関しては過去どれひとつとっても上手くいった試しはない。だが自分がつまらない男だという自覚がある分、相手の機微には敏感だった。
    和玖の目や声には色があった。友達としての好意には留まらない妖しさが感じられた。なにより、死んで肉体を失ってもなお、自分に会いに来てくれた。こんなに他人に執着されたことなど、過去おそらく未来にもない気がする。深い愛情なくして成立する話ではない。
    そして自分も。卒業を区切りにリセットされたと思っていた、正体不明の感情。それがなんだったのかを考えることもせず、瑛太は時に流された。時折思い出すことはあったかもしれない。けれど目まぐるしく押し寄せる現実を理由に、思考は停止した。その方が楽だったからだ。同姓に対する複雑な感情なんて、いくら考えたって持て余すに決まっている。ただでさえ他人との関わりには消極的なのに、和玖に対してのわけのわからない感情は、当時の瑛太にとってはテーマが大きすぎた。
    こんなにも素直に和玖の存在を愛おしいと思えるなんて、随分と成長したものだ。
    『すっかり大人だよね』と和玖は言った。視線を絡ませるだけでドギマギして胸が一杯になるような、そんな歳ではもうない。気持ちが通じ合ったなら抱きしめたい。抱きしめてほしい。互いの体温を感じたい。
    去り際、接近した和玖の顔を思い出す。昔と変わらぬ端正な顔立ち。薄く形の良い唇。吸い込まれそうな瞳…。
    瑛太は体中の火照りを抑えることができなかった。



    次の日も和玖は現れた。午前2時、どこに何の決まりがあるのか、時刻は正確だった。ただ、瑛太が思いもしなかった事実がそこにはあった。

    「万見原くんに俺が見える時間は限られてるけど、実を言うと、俺自身はずっとここにいるんだよね」
    「え…?」

    思考回路がショートするというのは、こういうことを言うのだろう。瑛太はしばらく言葉が出ず、「こいつは何を言っているんだ?」という目で和玖を見つめた。

    「つまり、昨夜の万見原くんの、アレ…えっと、一人エッチ…」
    「わあああ!」
    「ごめん!やっぱ悪いし、目と耳塞いどこうかなって思ったんだけど、つい見入っちゃって…黙っとくのはさすがにズルいかなって」
    「し…死にたい…」
    「ダメだよ、それは」
    「…わかってる、でも…ああ」

    瑛太は顔を覆って床に崩れた。人生最大の羞恥だ。

    「ああいう声出すんだ…すごく、色っぽかったよ。興奮した」
    「やめてくれ…」
    「俺も触れたいな、キミに」
    「和玖…」

    いつもは柔和な和玖が、ギンとした野生の鋭さを纏う表情に変化する。雄の顔だ。じりじりと瑛太に近づき、頬に触れようと右手を差し出した。
    スカ。無音を擬音で表現するという矛盾。だがまさに、瑛太の肌には毛ほどの感触もなく、その手は虚しく目の前、というか目の中を素通りした。

    「予想はしていたけど…やっぱりか」

    和玖は見ても分かる程に肩を落とし項垂れた。
    実存はしているが実体はない。こうして奇跡的に視認できているが、そもそもはありえない現象なのだ。瑛太は改めて、和玖は異次元に旅立ってしまったのだという悲しみを自覚した。

    「触れられないのか…」
    「そりゃそうだよな…俺、死んでんだもんな…」
    「こんなにはっきり見えてるのに。声だって」

    言えば言うほど切なくなる。

    「霊感強い人間にだと少しは干渉できるらしいけど。ほら、金縛り的な」
    「俺、そういうの全然あったことない」
    「…今こうして見えてるのが奇跡なんだよなあ」

    そんなやるせない会話を続けながら、瑛太の頭にひとつの考えが過ぎる。
    和玖は「未練」によってこっちの世に繋ぎ止められてると言う。その「未練」がうまく昇華されたとしたら?思い残すことがなくなってしまったら、和玖は成仏してしまうということだろうか。そうなったら今度こそ、和玖はあの世へ逝ってしまう。もう会えなくなってしまう。

    「そんなのは嫌だ…!」
    「万見原くん…?」
    「俺、我慢する…たとえ和玖と触れ合えなくても、ずっとこうして会えるんならそれでいい。1日たったの30分でも、キミに会えるなら俺は…!」

    感情に任せて叫んだのは生まれて初めてだった。息が切れた。
    いい大人が駄々を捏ねて、自分でもみっともないと思う。和玖の反応が怖くて顔が見れない。本当は1分1秒でも惜しいのに…。

    「キミの心配していることが分かった。そうだよね、俺が思いを遂げてしまったら、この奇跡はおしまいってことだよね」
    「ずっと…そばにいて欲しい…和玖のそばにいたいよ」
    「俺だってそうだ。でも…」

    一瞬の間、躊躇して和玖は続けた。

    「やっぱり、ずっとなんて無理なんだよ」
    「どうして…」
    「万見原くんは生きてる。いつまでも死んだ人間を引き摺ってちゃいけない」
    「俺はかまわない…和玖は俺にとって特別なんだ。やっと分かったのに、またそのキミを失うなんて、きっと耐えられない…」

    語尾が涙声で上擦った。和玖が悲しそうな目で見つめる。困らせているのは分かっていた。でも、言わずにはいられなかった。

    「その気持ちで充分だよ。気付いてる?万見原くん。俺、もうだいぶ満たされ始めてる。キミが本心を、えっと、愛情ぶつけてくれて…今、人生で一番幸せな時間を生きてるって気がする。あ、死んでるんだけど」
    「やめろよ、そんなこと言うの。もっとあるだろ、やり残したこととか、未練とか後悔とか…」
    「そりゃいっぱいあるよ。でも、俺をこの世に繋ぎ留める程の未練は、万見原くんだった。俺にとってもキミは特別だったんだ。ああ、あの頃に戻って、告白したいな…好きだよって」
    「俺なんかのどこが…」

    涙が溢れる。

    「好きになるのに理由なんかないだろ?でも、きっかけならある。…高1の時の選択授業の時、万見原くん、俺の絵を褒めてくれたんだ。好きだって言ってくれた」

    記憶をたどる。高1。選択授業。美術の時間──。
    石膏デッサンだ。美術室の中央に置かれた石膏を囲み、画板を首に引っ掛けてデッサンを取る。真っ白で陰影だけが頼りの石膏をどう表現したらよいものか、消去法で美術を選択したに過ぎない大半の生徒にとっては、実に難解で退屈な授業だった。
    そして最後は出来上がった絵をそれぞれに批評し合う。ことさら上手い生徒には好評が集中し、評価に値しない作品は触れてももらえない。サディスティックな美術教諭が考えた残酷なシステムだ。
    中でも和玖のデッサンは独特だった。シンプルだが癖の強い描線。なるだけ写実的に、というテーマからは逸脱した出来栄えで、心無い弄りの対象になっていた。
    そんな時、瑛太に発言の順番が回ってきた。

    「ぼくは、和玖くんの絵、好きです。…以上です」

    あの時、初めて和玖の名前を口にした。2週に1回、2時限だけの、まだ顔も浮かばない程度の繋がりしかなかった頃だ。しかし絵を見て惹かれたのは事実だった。この絵の作者は自分にはないものを持っている。瑛太はただ素直に羨ましいと思った。こんな感性を持っていたら、世の中が違って見えるんだろうな…


    「あの時、俺のことを好きだと言ってもらえたみたいで、すごく嬉しかった。どんなヤツだろうって、万見原くんのことを目で追ったんだ。それ以来、美術の時間が楽しみでさ、キミに会えると思ったら嬉しくて」
    「そんなに前から、俺のことを…?」
    「3年で同じクラスになって、やった!みたいな。声かけるの、勇気いったなあ」

    揺れるカーテン、暖かい日差しの匂い、和玖の笑顔。あの頃の光景が一斉に胸に押し寄せる。また涙が溢れた。

    「そろそろ時間だ」
    「…いやだ」

    これっきりの予感がした。和玖はもう、消えてしまう。なぜかそんな気がした。

    「万見原くん、…キスしていい?」
    「…和玖」

    瑛太は和玖を見つめながら顎を上げた。ゆっくりと和玖の顔が近づいてくる。こんなに間近で見ても、和玖の顔は端正で美しかった。まるで吐息が触れ合っているような錯覚を覚える。そんなはずはないのに、互いの体温が溶け合うような温もりさえ感じる。和玖に全てを委ねたいという衝動にかられ、思わず目を閉じそうになる。けれど、一時でも目を離してはいけない気がして、震える瞳で和玖を見つめ続けた。
    唇が重なる。冷たくも温かくもない和玖の唇。それでも今、二人は確かに触れ合っていた。10年越しのファーストキスだった。

    「ありがとう」と言い残して和玖は消えた。そして灯火が消えるように、瑛太の意識は遠のいていった。


    地元の高台にある寺院。そこに和玖は納骨されたと聞いた。
    あれ以来、和玖は現れなくなった。それが真実であり、現実なのだ。和玖はもう、この世の人間ではなくなってしまったのである。
    道中の商店街で買った仏花を片手に、石階段を上る。碁盤の目のように立ち並んだ墓石が一面に広がり、この中から和玖家を探すのは大変だ、と息をついた時、背後から声をかけられた。

    「万見原さん、ですね?」
    「はい、…あ」
    「和玖の母です」

    丁寧にお辞儀をされ、「どうもこの度は」と瑛太は慌てて辞令を返した。墓の場所を知りたくて、数日前に和玖の実家に電話をしたのだ。通夜で受け取った会葬礼状に連絡先が記されていて助かった。でなければ、瑛太はここには来られなかった。

    「こちらです。どうぞ」

    母親は未だ憔悴から抜けきっていない表情だったが、毅然とした足取りで瑛太を墓前まで導いた。
    用意した花を手向け、線香を上げ、手を合わせる。
    (和玖…会いに来たよ)
    たった3日間の再会、丑三つ時の奇跡。まだ全然話し足りなかったけれど、一番大切なことは伝えられた。思いは一つになれた、はずだ。あれが全て瑛太の妄想でなければ、だが。

    お参りを終え、腰を上げると、母親が下げていた紙袋を差し出した。

    「春怜の遺品を整理していたら、出てきたんです。これ…」

    クロッキー帳だった。かなり使い込んである。表紙の角は擦れてコーティングが剥げ、地の厚紙が覗いていた。和玖の体温が伝わってくるような錯覚に捕らわれる。
    逸る気持ちで袋から取り出し、断りの言葉も忘れページを捲った。

    「……」
    「それ、万見原さんですよね…卒業アルバムを探して、あなたじゃないかって」
    「……」
    「持っていてやって下さい…きっと、あの子もそうして欲しいと思うんです」
    「は…はい…」

    ようやく一言、頷くのが精一杯だった。
    深々とお辞儀をして、和玖の母親は去っていった。
    瑛太は墓の前に崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。抱きしめたクロッキー帳は瑛太で一杯だった。すべてが、独特の癖のある描線で描かれた、高校3年間の瑛太のスケッチだった。

    「和玖…和玖…!」

    秋を匂わす風の中に、ほんの一瞬、教室の陽だまりを感じた気がした。

    (END)

    -------------------------------------------------------------------

    ども、サンバです。
    最後まで読んで下さった方、どうもありがとうございます!
    ありふれた設定ですけど、いつかマンガで描き起こせたらいいな〜なんて。

    ☆拍手ポチポチありがとうございますwやる気の源です!


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