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プロット

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    会社帰り、瑛太は電車で2駅先にある実家に立ち寄った。
    一人暮らしを始めて6年になる。2人の弟妹とは歳が10以上も離れていて、家族の話題は専ら手のかかる子供達のことが中心だ。そんな居心地の悪さもあって、就職後しばし生活の安定を見計らってから家を出た。中途半端に近場なのは、あんまり遠いと不便だと母親がゴネたからだ。ちょいちょい顔を出されても困るなと懸念も、家族が瑛太のアパートを訪ねて来たのは引っ越してからすぐの1回だけという拍子抜けで、こんなことならもう少し会社の近くにすればよかったとひどく後悔した。

    「あらまあ、帰ってくるなら連絡くらいしなさいよ」
    「ちょっと探し物。すぐ帰るから」
    「ご飯は?チャーハンくらいならできるけど」
    「いや、いい」

    母親との会話もそこそこに、瑛太は2階のかつての自室、今では物置部屋へと向かった。家族それぞれの節目に役割を終えた不用品が次々と運び込まれ、自分が6年前まで過ごした部屋だったという名残もない。
    手前のガラクタ(にしか見えない)を掻き分け、窓際の学習机にたどり着いた。資格取得のための参考書や使いかけのノートの束、いつか片付けに来ようと思いつつ、ズルズルと6年の月日が経ってしまった。この小さな部屋にせっせとガラクタを仕舞いに来る家族を非難できる立場ではない。
    瑛太は本棚の端っこに差し込まれた冊子の背表紙を指でなぞるように確認すると、ゆっくりと引き出した。厚さ2センチ程もあるそれはずっしりとした重みを感じた。
    ビジネスバッグに入れようとしたが入らず、ハンガーにぶら下がっていた誰のかも分からないトートバックを拝借して詰め込んだ。
    帰り際、母親が他愛もない話を投げかけてきたが、とくに興味を引く話題でもなく、わずか20分の滞在で瑛太は実家を後にした。

    帰宅すると、コンビニで買った惣菜を広げ350の缶ビールを開けた。一口潤してから、おもむろにトートバッグを引き寄せた。
    冊子を開くと埃っぽいニオイで鼻の奥がムズムズした。
    高校の卒業アルバム──。卒業以来、開くのは初めてだった。
    真っ先に3年8組のページを探す。45人中28人もいる男子生徒の中から、和玖の写真は一瞬で見つけ出せた。色白で整った輪郭、すっきりとした鼻筋、薄めの唇、頬に刺さる鋭い口角。茶色味のある癖っ毛は無造作で、やはり前髪は長いまま瞳の大半を覆い隠していた。
    『和玖、前髪切ってこいよ』
    写真撮影の前日、担任が忠告していたのを思い出した。その時の和玖は反抗するでもなく、笑って頷いているように見えた。
    (結局切ってこなかったのか)
    まじまじと和玖の顔写真を鑑賞していて気付いた。昨夜の夢に出てきた和玖はこの当時の姿ではない。写真に見られる僅かな少年っぽさが消え、首筋から肩にかけては大人の骨格をしていた。襟ぐりの開いたラウンドネックのシャツを着ていたせいもあるが、高校時代には感じなかった男の色香を漂わせていた。
    遺影の和玖を見たせいだろうか。しかしそれとも少し違う気がする。
    ひょっとすると瑛太自身の彼に対する浅ましいほどの想像力が、リアルな近影を作り上げたのかもしれない。そう考え至ると、恥ずかしさのあまり瑛太はじわじわと胃がしぼんでいくような虚脱感に襲われた。

    アルバムに掲載されている3年時の文化祭ポスター。眠っていた記憶が鮮やかに蘇る。
    昼休みに入った教室は、学食へ向かう者や思い思いの場所で昼食をとる者が出払い、生徒はまばらだった。瑛太は手洗いから戻ると授業時間と変わらぬ姿勢で着席し、翌日に提出期限の迫ったレポートの課題図書をパンを齧りながら読み始めた。

    「ねえ万見原くん。ここに入れる文字、縦と横どっちがいいと思う?」

    持ち主が空けた前方の席にしなやかな動きで滑り込み、声をかけてきたのは和玖だった。B5サイズの裏紙を見せていきなりの相談だった。それには鉛筆で、ざっくりとした構図とラフ絵が描かれてあった。

    「これね、文化祭のポスター。応募しようと思ってるんだ。採用されたら図書カード3千円もらえるんだぜ。去年も一昨年も応募したんだけどダメだったんだよね」
    「…そうなんだ」
    「どっちがいいかな、文字」
    「和玖くんのいいようにすればいいと思うけど…」
    「迷っちゃって決められないんだよ。だから万見原くんの言った方にする」
    「そんな…」

    ドギマギして顔なんか見られなかった。本のページを押さえる右手と、玉子サンドを握る左手を交互に視線を泳がせながら、小テストの問題が透けて見える裏紙に描かれたラフ画をちらりと見やる。迷いのないシンプルな描線。
    横、かな。
    そう言った気がする。

    採用されたポスターには「3年8組・和玖春怜」の名前が印字されていた。あのラフがこうなるのかと感動した記憶がある。そして横に大きく書かれた文化祭の表題「西都祭」。

    『万見原くんの言った方にする』

    あの時の和玖の声が何度も頭の中を行き来する。なにか温かいもので心が満たされ、わけもなく走り出したい気分になった。

    「万見原くん」

    記憶の中の和玖よりも少し深めの声が、瑛太の脳みそを揺り起こした。

    「約束通り来たよ。うたた寝なんかして、風邪ひくぜ?」
    「和玖…!?」

    慌てて時計を探し、部屋には時計というものがないことを思い出した。スマホを点灯して時間を見る。夜中の2時。
    (丑三つ時…)
    またしても背筋がざわつくようなワードが頭を過ぎった。

    「今日は泣いてないんだね」
    「そんな、毎晩泣いてなんかいられないよ…」

    待てよ、これは夢なのか?
    テーブルの上には飲みかけの缶ビール、ほとんど手をつけていない惣菜のパック、そして卒業アルバムが開きっぱなしで置かれていた。「起きていた時」の状態そのままだ。
    こんな少量のビールで正体をなくすほど、瑛太は酒に弱くはなかった。仮に大量の酒を浴びるように飲んだとしても、幻覚や幻聴に惑わされたなんて話は聞いたことがない。
    浮かび上がりそうになる思考を押さえるように、瑛太は片手で口元を覆った。伸びかけた髭がざらついた。

    「ようやく気付いたみたいだね」
    「いや…え…?よく、わからない…」
    「俺、俗に言う幽霊なんだよね。この世に未練タラタラで逝けなかったヤツ」

    自らを指差して、冗談交じりに和玖は言った。

    「うそだろう…?」
    「俺だって驚いたよ。いつまで浮遊し続けるんだろうって、自分の葬式眺めながら困惑してた。火葬が終わって骨になった自分を見てようやく理解したよ」
    「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺にはそういう「見える能力」みたいなの全然ないし!」
    「…通夜に来てくれたろ。10年ぶりに万見原くんを見て…泣きそうな万見原くんを見て、たまらなくなった。その気になればいつでも思いをぶつけられたのに、俺はこの10年、何をやっていたんだって、後悔が怒涛のように押し寄せて。死んだ気になれば傷付くことなんて怖くなかったはずなのに、本当に死んでしまってから気が付くなんて、バカだよなあ」
    「じゃ、じゃあ、あの、昨夜キミが言ったことは…」
    「本当だよ。俺は、万見原くんのことが好きだった。あの頃からずっと」
    「……」
    「キミが俺を呼んでくれたから…俺、嬉しくて」

    少し照れたように、和玖は笑った。
    そうかもしれない。瑛太は昨夜、強い思いで和玖の名を呼んだ。すっかり色褪せてしまった高校時代の記憶の中で、和玖の存在だけが鮮明だった。特別だった。それがどういう意味のことなのか、分からないまま和玖を欲した。そのなりふりかまわず放った思いが、逝こうとしていた和玖に絡みついたのかもしれない。淡かった想いが年月を経てくっきりと形を成し、互いの存在を認めた時、惹き合わずにはいられなかったのだ。

    「和玖…くん」
    「あ、今さらクン付け?いいよ、呼び捨てで」
    「や、あの、キミはじゃあ、俺が作り出した幻とかじゃなく、キミ自身ってことなの?」
    「そうだよ、死んだ時のままの姿だ。着てる服もその時のやつ」
    「じゃあ、28歳の和玖と俺は喋っているのか…」
    「そうだ、俺ら同い年だ。すっかり大人だよね」

    実際には会うことのなかった10年後の和玖と、今こうして向かい合って話している。瑛太はただ単純に嬉しくて、胸が締め付けられそうになった。目元がじわっと熱くなる。慌てて下を向いた。涙もろい奴だと思われたくなかった。

    「万見原くん…」

    呼び掛けられ、視線を上げると和玖の顔がそばにあった。まるでこれは…そう察した時、

    「ごめん、タイムリミットだ。消える」

    蝋燭の灯が消えるように、和玖は姿を消した。
    2時半、ちょうど丑三つ時から次の刻へと移り変わる瞬間だった。

    (つづく)

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    ☆拍手たくさんありがとうございます!!ヾ(*´∀`*)ノ


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