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    それを現実と知ったのは、とある朝、高校時代の友人から来た10年ぶりのメール。

    『和玖の通夜、行く?』

    和玖春怜(わくはるとき)は高3時のクラスメイトだ。色白でひょろりと背が高く、長めの前髪が目元を覆い、いまいち表情の掴めない奴だった。しかしなぜか奇妙な存在感があり、気がつけば目で追っている。どんな集団の中にいても、和玖のことはすぐに見つけてしまうのだ。そんな自分はまるで和玖という光を頼りにひよひよと飛び回っている小さな羽虫のようだった。

    瑛太は自分を、地味でとくに特徴もないモブのような存在だと卑下していた。
    高校は地元で中の上くらいの進学校だったが、とくに目立った活動もせず平凡な3年間を過ごした。無理なく行ける大学を希望し、なんの感動もなく合格通知を受け、淡々と必要最低限の単位を取得し、身の丈に合った中小企業へ就職、与えられる仕事を無難にこなし続けて、気がつけば6年が経っていた。
    28歳、なにも起こらない平坦な毎日。

    『和玖の通夜、行く?』

    そのメールを見返す。
    2週間前、西ヨーロッパの観光地で自爆テロが起きた。そこは芸術家を目指す若者たちが集まる街でもあった。20名の死傷者の中に日本人が含まれていることをニュースは伝えた。路上で絵を売っていた和玖春怜さん、28歳。同姓同名の誰かとは思えなかった。耳に馴染む懐かしい名前。思春期特有の、同姓に抱く微かな羨望、嫉妬、憧れ、そういった複雑で甘じょっぱい記憶を刺激する忘れられない名前。和玖の名前の上には「死亡」の文字が貼り付いていた。
    にわかには信じられず、悪い夢でも見せられている気がした。
    その日以来、瑛太はニュースというニュースを拒絶した。テレビもネットも見ないようにした。

    和玖の遺影は10年前よりも少しだけ大人びてはいたが、自分を含む周りの同級生よりも若々しく無邪気に見えた。絵を描いていたと聞く。おそらく好きなことを追い求めて生きてきたのだろう。
    昔、印象の薄かった瞳が写真でははっきりと写っており、初めて和玖が本当の美形だったことを知った。輪郭や口元、スラリと伸びた首筋、立ち姿から想像はしていた。長めの前髪はきっと、輝きを抑えるための印のようなものだったのかもしれない。それを証拠に、通夜に訪れた同級生と思しき女性グループが、遺影を指さしながら場にふさわしくないトーンでひそひそと囁きあっていた。
    今となっては誰の手も届かなくなってしまった和玖であるが、瑛太はなんとなく不愉快に感じた。瑛太が知る限り、高校時代の和玖は決して女子に騒がれるほどのモテるグループには属していなかったのだ。それを今さら、という気持ちと、自分だけが和玖の魅力に気付いていたのだという自負心が揺るがされるような、心地悪い感覚が足元を不安定にさせた。

    その夜、瑛太は夢を見た。
    クラス替え間もない4月、日直の瑛太は提出物を教科準備室へと運ぶ役割だった。教諭の机にそれらを積み上げると急いで教室に戻った。すると教室はがらりと誰もいない。次の授業は生物で、皆すでに生物室に移動していたのだ。一人遅れて教室に入る自分を想像して、瑛太はすでに気後れを感じ億劫になった。新しいクラスには仲の良かった友人は一人もおらず、雰囲気にも慣れていなかった。
    その時、一人の生徒が教室に入ってきた。

    「マミハラくん」

    和玖だった。たぶん、この時初めて和玖という男を認識したのだと思う。

    「日直、お疲れ」
    「あ、うん」

    驚いたのは、和玖が影の薄い自分の名前を知っていて、ただ一人出遅れている理由をちゃんと把握していた。

    「俺、和玖ね。2年の時は3組。選択授業で一緒だったよね。覚えてないかもだけど」

    綺麗に弧を描いた口角がキュッと頬に陰影を作った。思えばこの時から、瑛太は和玖のなんとも言えない魅力の虜になっていたのかもしれない。
    夢なのか、瑛太の記憶が見せたスライドショーなのか、和玖の笑顔はやたらリアルで、窓から射す日差しの暖かさ、匂いまでもが再現されていた。

    この笑顔を、もう見ることはできない。
    和玖は死んでしまった。

    急に現実とリンクする。涙が溢れ、体が崩れ落ちるような喪失感が瑛太を襲った。

    「和玖…」

    目が覚めると、和玖の名を呼びながら泣いていた。

    「マミハラくん」

    鼓膜を伝う、聞き覚えのある声。
    まだ夢の続きを見ているのか。それならそれで、もうしばらく…
    瞼を閉じると、染み出た涙が枕にパタリと落ちる音がした。

    「キミが泣いてる顔、初めて見たよ。なんかキュンとくるな」

    思わず目を開けた。それはたしかに和玖の声だが、記憶の中にある10年前のものより若干深みを感じた。何より、彼の言う通り自分は和玖に泣き顔など見せたことはない。
    夢ならば、たとえ夢の中でも和玖に会えるのならば、その姿を視認したい。
    涙で潤んだ先には、ラフなTシャツにジーンズという、高校時代には見ることのなかった私服姿の和玖が、軽く胡座をかいて瑛太の顔を覗き込んでいた。

    「和玖…!」
    「久しぶりだね、万見原くん。少し痩せた?」
    「あ…当たり前だろ!この2週間、和玖が死んだってニュース見てから飯もあんまり食えなくて…」

    再び涙が溢れる。

    「ごめんな。俺も、まさか自分の人生がこんなふうに終わるなんて思わなかった。こんなことならあの時…って後悔ばっかりだ」
    「うそだろ、和玖が後悔なんて。海外で好きな絵を描いて、夢を持ってて…。俺から見れば羨ましいことだらけだ」
    「夢なんて…。結局、なにも成し遂げられなかったし、心も生活も潤うことはなかった。ただ、現実から逃げていただけだったのかもしれない。本当に欲しいものから目を背けるために…」
    「本当に欲しいものって?」

    不思議だった。和玖と一番近くにいた高校時代でさえこんなに言葉を交わしたことはない。いつも一歩離れたところから、視界の片隅から盗み見るように捉えていただけだった。気付かれないよう、悟られないよう。
    ふと、これは本当に夢なのだろうかと疑いたくなるくらい、目の前の和玖は実体として存在を感じた。思わず触れたくなるのを瑛太は本能で堪えた。

    「ねえ、万見原くん。俺、キミのこと好きだったんだよ。気付かなかった?」
    「え…なに言ってんの…?」

    瑛太は全身が発火しそうなくらいの羞恥に襲われた。
    いくら夢でも、こんなことを和玖に言わせるなんてどうかしている。物言えぬ死んだ人間を完全に冒涜している。和玖が生きていれば、こんなことを言うわけがない。
    まさかこれは自分の願望なのだろうか。そうであってほしいという願いがあざとく働いているのだろうか。自覚のないところで、心の奥底で、自分は和玖に対してこんな欲求を抱いていたのか。瑛太は思わず顔を背けた。和玖の正体が、自分の中にある醜い欲望であるかに思えて、正視できなくなってしまったのだ。
    そんな瑛太の動揺をよそに、和玖の幻影は続けた。

    「だからさ、万見原くんのことがどうしても心残りで、逝けなかったんだ」
    「もうやめてくれよ…俺、自分が嫌いになりそうだ…。っていうか、もうすでに結構キライなんだけど」
    「そ、そこまで拒絶されるとは思わなかったな。万見原くんももしかして俺のこと…って、少しは期待したんだけど、思い違いだったのかな。うわ…落ち込む」
    「え…俺が和玖を…?」
    「だってキミ、俺のことよく見てたろ」
    「わあっ!もう勘弁してくれ…っ」

    瑛太は堪えられなくなって耳を塞いだ。

    「ああ、タイムリミットだ。万見原くん、また会いに来てもいいかな」
    「え…夢、終わり?」
    「はは、夢か。じゃあ明日、同じ時間にね」

    灯火が消えたように、部屋の温度がスッと下がった気がした。
    気が付くと瑛太はベッドの上で起き上がっていた。

    (俺はこのまま夢を見ていたのか…?)

    時間を見ると夜中の2時半を過ぎるところだった。ふいに瑛太の脳裏にわけもなく「丑三つ時」という言葉が過ぎった。

    ──明日、同じ時間に。

    耳を塞いでいた掌で両の頬を覆った。夢の余韻でまだほんのりと火照っているようだった。

    「寝よう…」

    自分にしては珍しい、喜怒哀楽の激しい1日だった。そのせいで精神が高ぶっておかしな夢を見てしまったのかもしれない。瑛太は枕に顔を埋めゆっくりと息を吐いた。明日の起床までの時間を数える。すぐに寝られるだろうか。
    頬に触れる部分が濡れていた。泣いていたのは夢じゃなかったようだ。
    目を閉じる。夢の中で和玖が残した爆弾発言、そして不確かな約束が頭を巡った。

    (つづく)

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    ども、サンバです。
    新しいキャラで30ページくらいのマンガを描こうと思ってプロットを書き始めたんですが、当分取り掛かれそうにないな〜ってことで、ショート小説のような形でここにアップすることにしました。
    3回くらいで終わると思いますが、よければお付き合い下さいw

    ☆拍手ポチポチありがとうございます!元気100倍!


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