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    和玖とのやり取りを、頭の中で何度も何度も再生する。
    妄想じゃなかった。和玖は実存した。いや、霊体の場合、実存すると言ってよいのか分からないが、それでも瑛太の作り出した幻でないことだけは確かだ。
    もうひとつ確かなことは、和玖の言う「好き」が恋愛を意味するということだ。いくら起伏の少ない人生を歩んできた瑛太でも、28年も生きていればそれなりに知識や経験くらい蓄積する。恋愛に関しては過去どれひとつとっても上手くいった試しはない。だが自分がつまらない男だという自覚がある分、相手の機微には敏感だった。
    和玖の目や声には色があった。友達としての好意には留まらない妖しさが感じられた。なにより、死んで肉体を失ってもなお、自分に会いに来てくれた。こんなに他人に執着されたことなど、過去おそらく未来にもない気がする。深い愛情なくして成立する話ではない。
    そして自分も。卒業を区切りにリセットされたと思っていた、正体不明の感情。それがなんだったのかを考えることもせず、瑛太は時に流された。時折思い出すことはあったかもしれない。けれど目まぐるしく押し寄せる現実を理由に、思考は停止した。その方が楽だったからだ。同姓に対する複雑な感情なんて、いくら考えたって持て余すに決まっている。ただでさえ他人との関わりには消極的なのに、和玖に対してのわけのわからない感情は、当時の瑛太にとってはテーマが大きすぎた。
    こんなにも素直に和玖の存在を愛おしいと思えるなんて、随分と成長したものだ。
    『すっかり大人だよね』と和玖は言った。視線を絡ませるだけでドギマギして胸が一杯になるような、そんな歳ではもうない。気持ちが通じ合ったなら抱きしめたい。抱きしめてほしい。互いの体温を感じたい。
    去り際、接近した和玖の顔を思い出す。昔と変わらぬ端正な顔立ち。薄く形の良い唇。吸い込まれそうな瞳…。
    瑛太は体中の火照りを抑えることができなかった。



    次の日も和玖は現れた。午前2時、どこに何の決まりがあるのか、時刻は正確だった。ただ、瑛太が思いもしなかった事実がそこにはあった。

    「万見原くんに俺が見える時間は限られてるけど、実を言うと、俺自身はずっとここにいるんだよね」
    「え…?」

    思考回路がショートするというのは、こういうことを言うのだろう。瑛太はしばらく言葉が出ず、「こいつは何を言っているんだ?」という目で和玖を見つめた。

    「つまり、昨夜の万見原くんの、アレ…えっと、一人エッチ…」
    「わあああ!」
    「ごめん!やっぱ悪いし、目と耳塞いどこうかなって思ったんだけど、つい見入っちゃって…黙っとくのはさすがにズルいかなって」
    「し…死にたい…」
    「ダメだよ、それは」
    「…わかってる、でも…ああ」

    瑛太は顔を覆って床に崩れた。人生最大の羞恥だ。

    「ああいう声出すんだ…すごく、色っぽかったよ。興奮した」
    「やめてくれ…」
    「俺も触れたいな、キミに」
    「和玖…」

    いつもは柔和な和玖が、ギンとした野生の鋭さを纏う表情に変化する。雄の顔だ。じりじりと瑛太に近づき、頬に触れようと右手を差し出した。
    スカ。無音を擬音で表現するという矛盾。だがまさに、瑛太の肌には毛ほどの感触もなく、その手は虚しく目の前、というか目の中を素通りした。

    「予想はしていたけど…やっぱりか」

    和玖は見ても分かる程に肩を落とし項垂れた。
    実存はしているが実体はない。こうして奇跡的に視認できているが、そもそもはありえない現象なのだ。瑛太は改めて、和玖は異次元に旅立ってしまったのだという悲しみを自覚した。

    「触れられないのか…」
    「そりゃそうだよな…俺、死んでんだもんな…」
    「こんなにはっきり見えてるのに。声だって」

    言えば言うほど切なくなる。

    「霊感強い人間にだと少しは干渉できるらしいけど。ほら、金縛り的な」
    「俺、そういうの全然あったことない」
    「…今こうして見えてるのが奇跡なんだよなあ」

    そんなやるせない会話を続けながら、瑛太の頭にひとつの考えが過ぎる。
    和玖は「未練」によってこっちの世に繋ぎ止められてると言う。その「未練」がうまく昇華されたとしたら?思い残すことがなくなってしまったら、和玖は成仏してしまうということだろうか。そうなったら今度こそ、和玖はあの世へ逝ってしまう。もう会えなくなってしまう。

    「そんなのは嫌だ…!」
    「万見原くん…?」
    「俺、我慢する…たとえ和玖と触れ合えなくても、ずっとこうして会えるんならそれでいい。1日たったの30分でも、キミに会えるなら俺は…!」

    感情に任せて叫んだのは生まれて初めてだった。息が切れた。
    いい大人が駄々を捏ねて、自分でもみっともないと思う。和玖の反応が怖くて顔が見れない。本当は1分1秒でも惜しいのに…。

    「キミの心配していることが分かった。そうだよね、俺が思いを遂げてしまったら、この奇跡はおしまいってことだよね」
    「ずっと…そばにいて欲しい…和玖のそばにいたいよ」
    「俺だってそうだ。でも…」

    一瞬の間、躊躇して和玖は続けた。

    「やっぱり、ずっとなんて無理なんだよ」
    「どうして…」
    「万見原くんは生きてる。いつまでも死んだ人間を引き摺ってちゃいけない」
    「俺はかまわない…和玖は俺にとって特別なんだ。やっと分かったのに、またそのキミを失うなんて、きっと耐えられない…」

    語尾が涙声で上擦った。和玖が悲しそうな目で見つめる。困らせているのは分かっていた。でも、言わずにはいられなかった。

    「その気持ちで充分だよ。気付いてる?万見原くん。俺、もうだいぶ満たされ始めてる。キミが本心を、えっと、愛情ぶつけてくれて…今、人生で一番幸せな時間を生きてるって気がする。あ、死んでるんだけど」
    「やめろよ、そんなこと言うの。もっとあるだろ、やり残したこととか、未練とか後悔とか…」
    「そりゃいっぱいあるよ。でも、俺をこの世に繋ぎ留める程の未練は、万見原くんだった。俺にとってもキミは特別だったんだ。ああ、あの頃に戻って、告白したいな…好きだよって」
    「俺なんかのどこが…」

    涙が溢れる。

    「好きになるのに理由なんかないだろ?でも、きっかけならある。…高1の時の選択授業の時、万見原くん、俺の絵を褒めてくれたんだ。好きだって言ってくれた」

    記憶をたどる。高1。選択授業。美術の時間──。
    石膏デッサンだ。美術室の中央に置かれた石膏を囲み、画板を首に引っ掛けてデッサンを取る。真っ白で陰影だけが頼りの石膏をどう表現したらよいものか、消去法で美術を選択したに過ぎない大半の生徒にとっては、実に難解で退屈な授業だった。
    そして最後は出来上がった絵をそれぞれに批評し合う。ことさら上手い生徒には好評が集中し、評価に値しない作品は触れてももらえない。サディスティックな美術教諭が考えた残酷なシステムだ。
    中でも和玖のデッサンは独特だった。シンプルだが癖の強い描線。なるだけ写実的に、というテーマからは逸脱した出来栄えで、心無い弄りの対象になっていた。
    そんな時、瑛太に発言の順番が回ってきた。

    「ぼくは、和玖くんの絵、好きです。…以上です」

    あの時、初めて和玖の名前を口にした。2週に1回、2時限だけの、まだ顔も浮かばない程度の繋がりしかなかった頃だ。しかし絵を見て惹かれたのは事実だった。この絵の作者は自分にはないものを持っている。瑛太はただ素直に羨ましいと思った。こんな感性を持っていたら、世の中が違って見えるんだろうな…


    「あの時、俺のことを好きだと言ってもらえたみたいで、すごく嬉しかった。どんなヤツだろうって、万見原くんのことを目で追ったんだ。それ以来、美術の時間が楽しみでさ、キミに会えると思ったら嬉しくて」
    「そんなに前から、俺のことを…?」
    「3年で同じクラスになって、やった!みたいな。声かけるの、勇気いったなあ」

    揺れるカーテン、暖かい日差しの匂い、和玖の笑顔。あの頃の光景が一斉に胸に押し寄せる。また涙が溢れた。

    「そろそろ時間だ」
    「…いやだ」

    これっきりの予感がした。和玖はもう、消えてしまう。なぜかそんな気がした。

    「万見原くん、…キスしていい?」
    「…和玖」

    瑛太は和玖を見つめながら顎を上げた。ゆっくりと和玖の顔が近づいてくる。こんなに間近で見ても、和玖の顔は端正で美しかった。まるで吐息が触れ合っているような錯覚を覚える。そんなはずはないのに、互いの体温が溶け合うような温もりさえ感じる。和玖に全てを委ねたいという衝動にかられ、思わず目を閉じそうになる。けれど、一時でも目を離してはいけない気がして、震える瞳で和玖を見つめ続けた。
    唇が重なる。冷たくも温かくもない和玖の唇。それでも今、二人は確かに触れ合っていた。10年越しのファーストキスだった。

    「ありがとう」と言い残して和玖は消えた。そして灯火が消えるように、瑛太の意識は遠のいていった。


    地元の高台にある寺院。そこに和玖は納骨されたと聞いた。
    あれ以来、和玖は現れなくなった。それが真実であり、現実なのだ。和玖はもう、この世の人間ではなくなってしまったのである。
    道中の商店街で買った仏花を片手に、石階段を上る。碁盤の目のように立ち並んだ墓石が一面に広がり、この中から和玖家を探すのは大変だ、と息をついた時、背後から声をかけられた。

    「万見原さん、ですね?」
    「はい、…あ」
    「和玖の母です」

    丁寧にお辞儀をされ、「どうもこの度は」と瑛太は慌てて辞令を返した。墓の場所を知りたくて、数日前に和玖の実家に電話をしたのだ。通夜で受け取った会葬礼状に連絡先が記されていて助かった。でなければ、瑛太はここには来られなかった。

    「こちらです。どうぞ」

    母親は未だ憔悴から抜けきっていない表情だったが、毅然とした足取りで瑛太を墓前まで導いた。
    用意した花を手向け、線香を上げ、手を合わせる。
    (和玖…会いに来たよ)
    たった3日間の再会、丑三つ時の奇跡。まだ全然話し足りなかったけれど、一番大切なことは伝えられた。思いは一つになれた、はずだ。あれが全て瑛太の妄想でなければ、だが。

    お参りを終え、腰を上げると、母親が下げていた紙袋を差し出した。

    「春怜の遺品を整理していたら、出てきたんです。これ…」

    クロッキー帳だった。かなり使い込んである。表紙の角は擦れてコーティングが剥げ、地の厚紙が覗いていた。和玖の体温が伝わってくるような錯覚に捕らわれる。
    逸る気持ちで袋から取り出し、断りの言葉も忘れページを捲った。

    「……」
    「それ、万見原さんですよね…卒業アルバムを探して、あなたじゃないかって」
    「……」
    「持っていてやって下さい…きっと、あの子もそうして欲しいと思うんです」
    「は…はい…」

    ようやく一言、頷くのが精一杯だった。
    深々とお辞儀をして、和玖の母親は去っていった。
    瑛太は墓の前に崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。抱きしめたクロッキー帳は瑛太で一杯だった。すべてが、独特の癖のある描線で描かれた、高校3年間の瑛太のスケッチだった。

    「和玖…和玖…!」

    秋を匂わす風の中に、ほんの一瞬、教室の陽だまりを感じた気がした。

    (END)

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    ども、サンバです。
    最後まで読んで下さった方、どうもありがとうございます!
    ありふれた設定ですけど、いつかマンガで描き起こせたらいいな〜なんて。

    ☆拍手ポチポチありがとうございますwやる気の源です!

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      会社帰り、瑛太は電車で2駅先にある実家に立ち寄った。
      一人暮らしを始めて6年になる。2人の弟妹とは歳が10以上も離れていて、家族の話題は専ら手のかかる子供達のことが中心だ。そんな居心地の悪さもあって、就職後しばし生活の安定を見計らってから家を出た。中途半端に近場なのは、あんまり遠いと不便だと母親がゴネたからだ。ちょいちょい顔を出されても困るなと懸念も、家族が瑛太のアパートを訪ねて来たのは引っ越してからすぐの1回だけという拍子抜けで、こんなことならもう少し会社の近くにすればよかったとひどく後悔した。

      「あらまあ、帰ってくるなら連絡くらいしなさいよ」
      「ちょっと探し物。すぐ帰るから」
      「ご飯は?チャーハンくらいならできるけど」
      「いや、いい」

      母親との会話もそこそこに、瑛太は2階のかつての自室、今では物置部屋へと向かった。家族それぞれの節目に役割を終えた不用品が次々と運び込まれ、自分が6年前まで過ごした部屋だったという名残もない。
      手前のガラクタ(にしか見えない)を掻き分け、窓際の学習机にたどり着いた。資格取得のための参考書や使いかけのノートの束、いつか片付けに来ようと思いつつ、ズルズルと6年の月日が経ってしまった。この小さな部屋にせっせとガラクタを仕舞いに来る家族を非難できる立場ではない。
      瑛太は本棚の端っこに差し込まれた冊子の背表紙を指でなぞるように確認すると、ゆっくりと引き出した。厚さ2センチ程もあるそれはずっしりとした重みを感じた。
      ビジネスバッグに入れようとしたが入らず、ハンガーにぶら下がっていた誰のかも分からないトートバックを拝借して詰め込んだ。
      帰り際、母親が他愛もない話を投げかけてきたが、とくに興味を引く話題でもなく、わずか20分の滞在で瑛太は実家を後にした。

      帰宅すると、コンビニで買った惣菜を広げ350の缶ビールを開けた。一口潤してから、おもむろにトートバッグを引き寄せた。
      冊子を開くと埃っぽいニオイで鼻の奥がムズムズした。
      高校の卒業アルバム──。卒業以来、開くのは初めてだった。
      真っ先に3年8組のページを探す。45人中28人もいる男子生徒の中から、和玖の写真は一瞬で見つけ出せた。色白で整った輪郭、すっきりとした鼻筋、薄めの唇、頬に刺さる鋭い口角。茶色味のある癖っ毛は無造作で、やはり前髪は長いまま瞳の大半を覆い隠していた。
      『和玖、前髪切ってこいよ』
      写真撮影の前日、担任が忠告していたのを思い出した。その時の和玖は反抗するでもなく、笑って頷いているように見えた。
      (結局切ってこなかったのか)
      まじまじと和玖の顔写真を鑑賞していて気付いた。昨夜の夢に出てきた和玖はこの当時の姿ではない。写真に見られる僅かな少年っぽさが消え、首筋から肩にかけては大人の骨格をしていた。襟ぐりの開いたラウンドネックのシャツを着ていたせいもあるが、高校時代には感じなかった男の色香を漂わせていた。
      遺影の和玖を見たせいだろうか。しかしそれとも少し違う気がする。
      ひょっとすると瑛太自身の彼に対する浅ましいほどの想像力が、リアルな近影を作り上げたのかもしれない。そう考え至ると、恥ずかしさのあまり瑛太はじわじわと胃がしぼんでいくような虚脱感に襲われた。

      アルバムに掲載されている3年時の文化祭ポスター。眠っていた記憶が鮮やかに蘇る。
      昼休みに入った教室は、学食へ向かう者や思い思いの場所で昼食をとる者が出払い、生徒はまばらだった。瑛太は手洗いから戻ると授業時間と変わらぬ姿勢で着席し、翌日に提出期限の迫ったレポートの課題図書をパンを齧りながら読み始めた。

      「ねえ万見原くん。ここに入れる文字、縦と横どっちがいいと思う?」

      持ち主が空けた前方の席にしなやかな動きで滑り込み、声をかけてきたのは和玖だった。B5サイズの裏紙を見せていきなりの相談だった。それには鉛筆で、ざっくりとした構図とラフ絵が描かれてあった。

      「これね、文化祭のポスター。応募しようと思ってるんだ。採用されたら図書カード3千円もらえるんだぜ。去年も一昨年も応募したんだけどダメだったんだよね」
      「…そうなんだ」
      「どっちがいいかな、文字」
      「和玖くんのいいようにすればいいと思うけど…」
      「迷っちゃって決められないんだよ。だから万見原くんの言った方にする」
      「そんな…」

      ドギマギして顔なんか見られなかった。本のページを押さえる右手と、玉子サンドを握る左手を交互に視線を泳がせながら、小テストの問題が透けて見える裏紙に描かれたラフ画をちらりと見やる。迷いのないシンプルな描線。
      横、かな。
      そう言った気がする。

      採用されたポスターには「3年8組・和玖春怜」の名前が印字されていた。あのラフがこうなるのかと感動した記憶がある。そして横に大きく書かれた文化祭の表題「西都祭」。

      『万見原くんの言った方にする』

      あの時の和玖の声が何度も頭の中を行き来する。なにか温かいもので心が満たされ、わけもなく走り出したい気分になった。

      「万見原くん」

      記憶の中の和玖よりも少し深めの声が、瑛太の脳みそを揺り起こした。

      「約束通り来たよ。うたた寝なんかして、風邪ひくぜ?」
      「和玖…!?」

      慌てて時計を探し、部屋には時計というものがないことを思い出した。スマホを点灯して時間を見る。夜中の2時。
      (丑三つ時…)
      またしても背筋がざわつくようなワードが頭を過ぎった。

      「今日は泣いてないんだね」
      「そんな、毎晩泣いてなんかいられないよ…」

      待てよ、これは夢なのか?
      テーブルの上には飲みかけの缶ビール、ほとんど手をつけていない惣菜のパック、そして卒業アルバムが開きっぱなしで置かれていた。「起きていた時」の状態そのままだ。
      こんな少量のビールで正体をなくすほど、瑛太は酒に弱くはなかった。仮に大量の酒を浴びるように飲んだとしても、幻覚や幻聴に惑わされたなんて話は聞いたことがない。
      浮かび上がりそうになる思考を押さえるように、瑛太は片手で口元を覆った。伸びかけた髭がざらついた。

      「ようやく気付いたみたいだね」
      「いや…え…?よく、わからない…」
      「俺、俗に言う幽霊なんだよね。この世に未練タラタラで逝けなかったヤツ」

      自らを指差して、冗談交じりに和玖は言った。

      「うそだろう…?」
      「俺だって驚いたよ。いつまで浮遊し続けるんだろうって、自分の葬式眺めながら困惑してた。火葬が終わって骨になった自分を見てようやく理解したよ」
      「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺にはそういう「見える能力」みたいなの全然ないし!」
      「…通夜に来てくれたろ。10年ぶりに万見原くんを見て…泣きそうな万見原くんを見て、たまらなくなった。その気になればいつでも思いをぶつけられたのに、俺はこの10年、何をやっていたんだって、後悔が怒涛のように押し寄せて。死んだ気になれば傷付くことなんて怖くなかったはずなのに、本当に死んでしまってから気が付くなんて、バカだよなあ」
      「じゃ、じゃあ、あの、昨夜キミが言ったことは…」
      「本当だよ。俺は、万見原くんのことが好きだった。あの頃からずっと」
      「……」
      「キミが俺を呼んでくれたから…俺、嬉しくて」

      少し照れたように、和玖は笑った。
      そうかもしれない。瑛太は昨夜、強い思いで和玖の名を呼んだ。すっかり色褪せてしまった高校時代の記憶の中で、和玖の存在だけが鮮明だった。特別だった。それがどういう意味のことなのか、分からないまま和玖を欲した。そのなりふりかまわず放った思いが、逝こうとしていた和玖に絡みついたのかもしれない。淡かった想いが年月を経てくっきりと形を成し、互いの存在を認めた時、惹き合わずにはいられなかったのだ。

      「和玖…くん」
      「あ、今さらクン付け?いいよ、呼び捨てで」
      「や、あの、キミはじゃあ、俺が作り出した幻とかじゃなく、キミ自身ってことなの?」
      「そうだよ、死んだ時のままの姿だ。着てる服もその時のやつ」
      「じゃあ、28歳の和玖と俺は喋っているのか…」
      「そうだ、俺ら同い年だ。すっかり大人だよね」

      実際には会うことのなかった10年後の和玖と、今こうして向かい合って話している。瑛太はただ単純に嬉しくて、胸が締め付けられそうになった。目元がじわっと熱くなる。慌てて下を向いた。涙もろい奴だと思われたくなかった。

      「万見原くん…」

      呼び掛けられ、視線を上げると和玖の顔がそばにあった。まるでこれは…そう察した時、

      「ごめん、タイムリミットだ。消える」

      蝋燭の灯が消えるように、和玖は姿を消した。
      2時半、ちょうど丑三つ時から次の刻へと移り変わる瞬間だった。

      (つづく)

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      ☆拍手たくさんありがとうございます!!ヾ(*´∀`*)ノ

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        それを現実と知ったのは、とある朝、高校時代の友人から来た10年ぶりのメール。

        『和玖の通夜、行く?』

        和玖春怜(わくはるとき)は高3時のクラスメイトだ。色白でひょろりと背が高く、長めの前髪が目元を覆い、いまいち表情の掴めない奴だった。しかしなぜか奇妙な存在感があり、気がつけば目で追っている。どんな集団の中にいても、和玖のことはすぐに見つけてしまうのだ。そんな自分はまるで和玖という光を頼りにひよひよと飛び回っている小さな羽虫のようだった。

        瑛太は自分を、地味でとくに特徴もないモブのような存在だと卑下していた。
        高校は地元で中の上くらいの進学校だったが、とくに目立った活動もせず平凡な3年間を過ごした。無理なく行ける大学を希望し、なんの感動もなく合格通知を受け、淡々と必要最低限の単位を取得し、身の丈に合った中小企業へ就職、与えられる仕事を無難にこなし続けて、気がつけば6年が経っていた。
        28歳、なにも起こらない平坦な毎日。

        『和玖の通夜、行く?』

        そのメールを見返す。
        2週間前、西ヨーロッパの観光地で自爆テロが起きた。そこは芸術家を目指す若者たちが集まる街でもあった。20名の死傷者の中に日本人が含まれていることをニュースは伝えた。路上で絵を売っていた和玖春怜さん、28歳。同姓同名の誰かとは思えなかった。耳に馴染む懐かしい名前。思春期特有の、同姓に抱く微かな羨望、嫉妬、憧れ、そういった複雑で甘じょっぱい記憶を刺激する忘れられない名前。和玖の名前の上には「死亡」の文字が貼り付いていた。
        にわかには信じられず、悪い夢でも見せられている気がした。
        その日以来、瑛太はニュースというニュースを拒絶した。テレビもネットも見ないようにした。

        和玖の遺影は10年前よりも少しだけ大人びてはいたが、自分を含む周りの同級生よりも若々しく無邪気に見えた。絵を描いていたと聞く。おそらく好きなことを追い求めて生きてきたのだろう。
        昔、印象の薄かった瞳が写真でははっきりと写っており、初めて和玖が本当の美形だったことを知った。輪郭や口元、スラリと伸びた首筋、立ち姿から想像はしていた。長めの前髪はきっと、輝きを抑えるための印のようなものだったのかもしれない。それを証拠に、通夜に訪れた同級生と思しき女性グループが、遺影を指さしながら場にふさわしくないトーンでひそひそと囁きあっていた。
        今となっては誰の手も届かなくなってしまった和玖であるが、瑛太はなんとなく不愉快に感じた。瑛太が知る限り、高校時代の和玖は決して女子に騒がれるほどのモテるグループには属していなかったのだ。それを今さら、という気持ちと、自分だけが和玖の魅力に気付いていたのだという自負心が揺るがされるような、心地悪い感覚が足元を不安定にさせた。

        その夜、瑛太は夢を見た。
        クラス替え間もない4月、日直の瑛太は提出物を教科準備室へと運ぶ役割だった。教諭の机にそれらを積み上げると急いで教室に戻った。すると教室はがらりと誰もいない。次の授業は生物で、皆すでに生物室に移動していたのだ。一人遅れて教室に入る自分を想像して、瑛太はすでに気後れを感じ億劫になった。新しいクラスには仲の良かった友人は一人もおらず、雰囲気にも慣れていなかった。
        その時、一人の生徒が教室に入ってきた。

        「マミハラくん」

        和玖だった。たぶん、この時初めて和玖という男を認識したのだと思う。

        「日直、お疲れ」
        「あ、うん」

        驚いたのは、和玖が影の薄い自分の名前を知っていて、ただ一人出遅れている理由をちゃんと把握していた。

        「俺、和玖ね。2年の時は3組。選択授業で一緒だったよね。覚えてないかもだけど」

        綺麗に弧を描いた口角がキュッと頬に陰影を作った。思えばこの時から、瑛太は和玖のなんとも言えない魅力の虜になっていたのかもしれない。
        夢なのか、瑛太の記憶が見せたスライドショーなのか、和玖の笑顔はやたらリアルで、窓から射す日差しの暖かさ、匂いまでもが再現されていた。

        この笑顔を、もう見ることはできない。
        和玖は死んでしまった。

        急に現実とリンクする。涙が溢れ、体が崩れ落ちるような喪失感が瑛太を襲った。

        「和玖…」

        目が覚めると、和玖の名を呼びながら泣いていた。

        「マミハラくん」

        鼓膜を伝う、聞き覚えのある声。
        まだ夢の続きを見ているのか。それならそれで、もうしばらく…
        瞼を閉じると、染み出た涙が枕にパタリと落ちる音がした。

        「キミが泣いてる顔、初めて見たよ。なんかキュンとくるな」

        思わず目を開けた。それはたしかに和玖の声だが、記憶の中にある10年前のものより若干深みを感じた。何より、彼の言う通り自分は和玖に泣き顔など見せたことはない。
        夢ならば、たとえ夢の中でも和玖に会えるのならば、その姿を視認したい。
        涙で潤んだ先には、ラフなTシャツにジーンズという、高校時代には見ることのなかった私服姿の和玖が、軽く胡座をかいて瑛太の顔を覗き込んでいた。

        「和玖…!」
        「久しぶりだね、万見原くん。少し痩せた?」
        「あ…当たり前だろ!この2週間、和玖が死んだってニュース見てから飯もあんまり食えなくて…」

        再び涙が溢れる。

        「ごめんな。俺も、まさか自分の人生がこんなふうに終わるなんて思わなかった。こんなことならあの時…って後悔ばっかりだ」
        「うそだろ、和玖が後悔なんて。海外で好きな絵を描いて、夢を持ってて…。俺から見れば羨ましいことだらけだ」
        「夢なんて…。結局、なにも成し遂げられなかったし、心も生活も潤うことはなかった。ただ、現実から逃げていただけだったのかもしれない。本当に欲しいものから目を背けるために…」
        「本当に欲しいものって?」

        不思議だった。和玖と一番近くにいた高校時代でさえこんなに言葉を交わしたことはない。いつも一歩離れたところから、視界の片隅から盗み見るように捉えていただけだった。気付かれないよう、悟られないよう。
        ふと、これは本当に夢なのだろうかと疑いたくなるくらい、目の前の和玖は実体として存在を感じた。思わず触れたくなるのを瑛太は本能で堪えた。

        「ねえ、万見原くん。俺、キミのこと好きだったんだよ。気付かなかった?」
        「え…なに言ってんの…?」

        瑛太は全身が発火しそうなくらいの羞恥に襲われた。
        いくら夢でも、こんなことを和玖に言わせるなんてどうかしている。物言えぬ死んだ人間を完全に冒涜している。和玖が生きていれば、こんなことを言うわけがない。
        まさかこれは自分の願望なのだろうか。そうであってほしいという願いがあざとく働いているのだろうか。自覚のないところで、心の奥底で、自分は和玖に対してこんな欲求を抱いていたのか。瑛太は思わず顔を背けた。和玖の正体が、自分の中にある醜い欲望であるかに思えて、正視できなくなってしまったのだ。
        そんな瑛太の動揺をよそに、和玖の幻影は続けた。

        「だからさ、万見原くんのことがどうしても心残りで、逝けなかったんだ」
        「もうやめてくれよ…俺、自分が嫌いになりそうだ…。っていうか、もうすでに結構キライなんだけど」
        「そ、そこまで拒絶されるとは思わなかったな。万見原くんももしかして俺のこと…って、少しは期待したんだけど、思い違いだったのかな。うわ…落ち込む」
        「え…俺が和玖を…?」
        「だってキミ、俺のことよく見てたろ」
        「わあっ!もう勘弁してくれ…っ」

        瑛太は堪えられなくなって耳を塞いだ。

        「ああ、タイムリミットだ。万見原くん、また会いに来てもいいかな」
        「え…夢、終わり?」
        「はは、夢か。じゃあ明日、同じ時間にね」

        灯火が消えたように、部屋の温度がスッと下がった気がした。
        気が付くと瑛太はベッドの上で起き上がっていた。

        (俺はこのまま夢を見ていたのか…?)

        時間を見ると夜中の2時半を過ぎるところだった。ふいに瑛太の脳裏にわけもなく「丑三つ時」という言葉が過ぎった。

        ──明日、同じ時間に。

        耳を塞いでいた掌で両の頬を覆った。夢の余韻でまだほんのりと火照っているようだった。

        「寝よう…」

        自分にしては珍しい、喜怒哀楽の激しい1日だった。そのせいで精神が高ぶっておかしな夢を見てしまったのかもしれない。瑛太は枕に顔を埋めゆっくりと息を吐いた。明日の起床までの時間を数える。すぐに寝られるだろうか。
        頬に触れる部分が濡れていた。泣いていたのは夢じゃなかったようだ。
        目を閉じる。夢の中で和玖が残した爆弾発言、そして不確かな約束が頭を巡った。

        (つづく)

        ---------------------------------------------------------

        ども、サンバです。
        新しいキャラで30ページくらいのマンガを描こうと思ってプロットを書き始めたんですが、当分取り掛かれそうにないな〜ってことで、ショート小説のような形でここにアップすることにしました。
        3回くらいで終わると思いますが、よければお付き合い下さいw

        ☆拍手ポチポチありがとうございます!元気100倍!

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